ジョジョブログ カラーとモノクロを比較してみよう。

毎日、合法的にジョジョアプリで、ジョジョを見ています。

これが毎日、無料で見れるなんて本当に神がかっているわ。

さて、最近は2部を読んでいます。

いいシーンがあったら、スクリーンショットで、このジョジョブログにあっぷしています。

アップは違法か?

さて、今日の名言では、二部が取り上げられました。

今日の名言は、モノクロなので、少し、比較してみましょう。

モノクロです。
カラーです。

おー!

それぞれよさがありますね。

やはり、リアルに感じるのは、血液の赤ですね。

最近、終わった五部がリアルに感じられたのも、やはり、血液の赤でしたからね。

ジョジョブログ 熱い魂

ジョナサンは、熱い男でした。

それと対比されるように、ジョセフは、軽いやつと、思われることが多いですね。

でも、本当は、祖父の熱い魂を、いや、ジョースター家の熱い魂を受け継いでいます。

エリナおばあちゃんに、怒られないように、行動していたのが、仲間のために行動するように変化していきます。

みんなのために戦うと誓う、ジョセフ。

皆さんは誰のために戦っていますか?

たまたま、自分の気持ちを高めようも読んでいる本にも同じことが書いてあってびっくりしています。

自分のためだけではなく、人のために、行動するべきだと。

でも、もう一冊の本には、人のためではなく、自分がしたいことをするべきだと書いてあるのでどちらが正解と言うことはなくて、両方とも正解なんでしょうね。

その時々で変えればいいってことですよ。

問題は自分の力を何に活用するかと言うことが大切ですね。

皆さんも、いや、これは、僕に言い聞かせているんですが、まだ、眠っている力を呼び覚ましてください。

僕にも、ここを見てくださっている皆さんにも、必ずや眠っている力があって、あるきっかけで、ほとばしるような情熱と共に、覚醒していきます。

そう、信じています。

ジョジョブログ シーザーの最後

このブログを最初から読まれている方は、ご存じだとは思いますが、僕の、ジョジョはじめは、格闘ゲームのジョジョでした。このゲームは、三部のキャラで構成されていますが、唯一、二部のキャラが出ています。

そして、そのキャラは隠しキャラでした。確か、タイムリリース(稼働時間に応じてプレイできるようになること)キャラだった気がします。

その若き日のジョセフの超必殺技に、「シーザー!!」と叫ぶ技があります。

このシーンは、それのもとネタかな?

今も我が心に!!

ジョジョブログ シーザーの誇り

◯◯フラグという、言葉がありますね?

それは、こういう行動や台詞などが、作中に出てきたら、決められた展開になっていくという、ものです。

一番、有名なものは、死亡フラグでしょうね。

例えば、一番最初に戦ったヤムチャが楽々サイバイマンを倒したと思った瞬間、死亡フラグが立って、直後にサイバイマンに自爆されて死亡のような。

ジョジョの二部で、 シーザーが祖先のことをバカにされて、きれたときにもフラグがたちましたね。

使命を背負っているフラグみたいなものでしょうか?

シーザーの父は若いときに蒸発してしまって、憎んでいたんですけど、実は、息子を戦いに巻き込みたくなかったという、優しさでもありました。

ジョジョの話は、ジョースター家の話ですが、回りの仲間もしっかりと話に絡んできますね。

お父さんの名前はマリオ

シーザーが誇りに目覚めて瞬間です。

父の死と共に目覚める、誇り。

まるでジョナサンのようですね。

ジョジョブログ ジョセフの原点

今、ジョジョアプリで、2部を毎日読み進めています!しかも無料で!

2部を一言で言うと、策略!

孫子が、何度も出てきます。

このブログが発祥である、マイコード、すなわち、ジョジョたちの生きる道を、一言で言い表したものですが、ジョセフコードは、どう言うものになるんでしょうか?

くよくよしない

一度決めたらくよくよしない。

これが、ジョセフコード。

僕も、ジョセフコードを見習わないもいけないナー!

ジョジョブログ さよならダニー

友人との別れはいつでも辛いものですね。

ジョジョにおいても仲間との別れは大イベントであります。

サムケンが特に印象に残っている各部の別れはこちら。

一部、父との別れ。ツェペリとの別れ。

二部、シーザーとの別れ。

三部、イギーとのわかれ。花京院との別れ。

四部 しげちーとのわかれ。

五部 アバッキオとの別れ。

六部 FFとの別れ。

七部 ジャイロとの別れ

八部 吉良吉影との別れ?

でも、そんな中、他の追随を、いまだに許さない、圧倒的な別れがあります。

ジョジョの、最初期でありながら、いまなお、語り継がれる、伝説の別れ

それは、ダニーとの別れ!

ここまで引っ張っておいて、今日の落ちは、ギャグです。

さよなら、ダニー

ダニを駆除する、アイテムです!

今後の決意

このご時世、いろんなことが変に伝わらないように、分かる人にしか、分からないように明言をさけますけれど、この10年間でいろいろなことがありましたね。楽しいことも苦しいこともたくさんありました。でも、振り返ってみると、楽しいのが勝っていたから続けていられたと思いますし、この先も、この場所で続けられると信じていましたので、とても残念です。今日も、アピタに行ったんですけれど、知り合いの工場長にたまたま出会ったら、その子が僕が教えていた子っていうのを、今更知ったという、工場長も、まさか!?!という表情をしていましたけれどね。とんでもないサプライズですね。でも、たった3か月会わないだけで、名前って忘れていってしまうんだなぁとすごく悲しい気分にもなりました。僕をよいふうに言ってくれる人も多かったので、すごく嬉しかったです。本当は、僕は、全然、なんにも出来ないんですけど、楽しいことが好きなだけで、仕事をしていたという本当のしあわせものだったなと、今更、実感しております。はっきり言って、この先はどうなるかは全く分かりません。人生の大命題は、やはり、世のため人のための何かがしたいということは変わりません。大きなことを言っている割には何もできていないですが、そういう気持ちは大切だと思うので、一応、口には出しておきます。1年前と仕事以外でも、何かもの状況が変わって、我ながら、すごいなって思っているところですけれど、きっと、これも何か意味のあることなんだろうなと思いながら、日々を過ごしています。仕事の場所という以外でも生活ががらっと変わっていますから、何が起こったんだ?!みたいな感じですよ、本当に。最近で言えば、THE ZUTAZUTAZというグループを好きになり、ライブに行ったり、ツィッターで情報を得たりが心の支えになっています。でも、本当の奥底でいつも求めていたのは、HΛLというグループの曲だった。HΛLというグループの歌詞は20年前の時から、常に僕を支えてくれたのでした。古くからの支え、そして、新しい支え、心の支え、体の支え、みんなに守られて今を生きているということの、ありがたさ。それを身に染みて感じています。そうそう、最近始めたことは、ジョジョ(ジョジョの奇妙な冒険)の生きざまから、人々を救おうという取り組みも行っています。最近の僕にあった人は分かると思うのですが、やたらとジョジョ、ジョジョ言うのは、そのためです。このまま何もなければ、何もなく死んでいく。それは、それでいいんですよ、別に。この世の中に何も残さないで死んでいくなんてことは、全然おかしくないことですし、そんなことを求めて生きていたら、苦しいだけですから。でもね。本当は、せっかく生まれてきたんだから、何かをして死にたいと思っています。このままじゃ、終われないって、いつも思っています。だから、僕に、もっと能力があったら、っていつも思います。僕の頭がよかったら、なんでもかんでも、てきぱき物事を進められる頭脳があったら、なにか、いろいろできるのにっておもいます。でも、そんな僕でも、何かこの世の中のために出来ることを探しながら、生きていきます。はっきり言って、今の状況はつらいといえます。でも、そのつらさ以上のつらさを感じている人がいる以上、僕は、ぼろ雑巾のようになっても、人を信じていかなければ、ならないと思っています。

自分を変える旅 踊る人々は何を考えて踊る?

飛呂彦先生ならば、こう言うかもしれません。

何事も体験してみることが大事だと。

でも、郡上踊りは、夏の間、徹夜おどりも含めて何度も何度も行われます。

どうやら、その躍りにほぼ皆勤賞で参加している人がいるらしいのです。

それは、無心か。

それとも、何者もなにものも、はいれなき、無の境地か。

旅に出る 旅は人生を変える

一泊二日の子供たちとのキャンプを終え、何を思ったのか、家に帰らず、そのまま郡上八幡へ。

電車賃も往復で4000円以上かかります。

でも、僕の人生は、お金がいつもないんですよ。

42歳にもなって、結婚もしてない、正社員でもない、だけど、旅は好き。

せっかく、命を削ってためた80万円も株式投資で失くなりました。

でもね、もともと、地頭が弱い人っているんですよ。

昨日と、今日のキャンプだって、僕は、10年もやっているのに、新入社員の、子にも負けていましたからね。

なにやらしてもダメなことはわかりました。

出来るように見せかけようとするのも、もうやめました。

出来ないものは出来ないんだから。

だから、逆に人生を楽しもうと思います。

こんな僕でも働かせてもらえる場所がある。

僕は、診断は受けてないですが、何か、ぱっぱっと、作業が出来ない何かを持っていると思います。

でも、それを悲観しすぎることではなく、何かを伝えられるように頑張ることにします。

で、今日は、郡上八幡に、徹夜躍りにいきます。

我を忘れにいきますね。

我を忘れたら、何か生まれるかもしれません!

キャンプに行く キャンプファイヤーのイベントを考える 荒木飛呂彦方式 を試す

もしも、いつもやっていることに少しでも、不安なところがあったら、同じことをやっていても、上司に見られていると感じていると、とても不安になります。

今日から二日間は、プールの参加者が、行く、サマーキャンプでした。

僕の役目は、なんと、キャンプファイヤーのイベントを考えること。

いつもは、キャンプファイヤー場に集まって、ゲームをして、「火の神さまー」と、叫ぶと、火の神様が出てきて、火をつけるという、オーソドックスなかたちでした。

でも、今年は何か違い形をとりたかったんです。

飛呂彦先生はいつも何か新しいことを産み出し続けています。

僕も何か新しいことをしたかったんです。

この日のために、通勤電車は考えるための箱へと化しました。

あーでもない、こーでもないと、自問自答を繰り返します。

最近、思うことは、考えると言うことは、頭のなかであーでもない、こーでもないと、何度もシミュレーションをしていくと言う作業のような気がしてきました。

そうしていくうちに、ぴたりとはまる、何かのアイデアが生まれると言うか、頭のなかに思い描かれます。

それがあたらしいあいであにつながると思います。

だから、何かを産み出したいときには、苦しみは付き物なので常に考え続けることですね。

んで、今回はどんな、キャンプファイヤーのイベントにしたのかって?

それは、僕がビッグになって誰からか、質問があったら、答えます!