いくつもの質問を連続で言うことにたいして、答えは…
「質問は一つずつだ!!」
ジョジョを通じて人生を高めていくブログです。ジョジョ以外のネタもたくさんあります。人生は戦いだ。
いくつもの質問を連続で言うことにたいして、答えは…
「質問は一つずつだ!!」
人間には、こうありたいというイメージがある。
その幸せのイメージがあるから、人間は迷い、戸惑い、苦しみながら生きている。
そのイメージは家族や両親から養われたものか、メディアから入ったものか。
だって、考えても見てほしい。
日本有数の企業であるトヨタ自動車の年齢別平均給料と自分の給料を見比べて、勝った、負けたと、思うのは、そのイメージがあるからだ。
給料が多いほうが幸せのイメージだからだ。
その平均給料をもらっている人が、今にも、心が砕けてしまうような綱渡り状態の仕事をしながら、生きていることを知ったら、それが幸せのイメージとは、ならないはず。
人間は、イメージで生きる。
ジョセフミは幼いころ、幼いころ、ホリーさんに、命を助けられた。
その瞬間からあのひ、あのとき、助けられていなければ、今の自分はいないと思うようになった。それは、本当に今の僕と一緒だ。
20年前、本当は自分は自殺していた。この世の中にはいない人間のはずだった。でも、助けられた。
なんども、言うようだけど、ジョジョ第5部の最終エピソードの運命の奴隷も同じだと思う。
依頼人は、娘は自殺なんてしないなんて言っているが、本当は娘は父親を救うために死んだのだ。
僕は、このコロナのことで、結局2か月間もお休みとなりました。
かろうじて、給料は入ったものの、もともとの給料が安いということは、常に頭の中から離れず、このまま今の仕事をしていても、何も幸せになっていかないというイメージは常にあります。
ですが、このコロナのことで、仕事もなくなってしまって食事もできない人がいると思うと、親のすねをかじっているとはいえ、食事は何の心配もすることはいらない、ということとどちらがいいのでしょうと思ってしまいます。
皆さんの幸せのイメージはどんな感じですか?
ジョジョリオンって、とてつもなく難しい物語。
でも、とても奥が深い。
家の近くに金神社という神社がある。
この神社は商売繁盛のご利益があるらしい。
たまたまYOUTUBEで見るだけでお金がもうかるという動画があってみていたら、それは、家の近くのその神社の水(神社に流れている水ってなんていうんだっけ?)の流れを延々と流しているというものだった。
それを見た僕は、その神社に行ってみた。
その神社で、どんなご利益があったというのがいろいろ貼ってあった。
そこで、その神社でお参りした後で、宝くじが当たって、そのお金で仮装通貨をやったら当たって、119億円になったというものだった。
すっごいことがあるんだね。
こんなに、毎日、血反吐が出るくらい株式投資の勉強をしているのに、一向に勝てない。
上がる、下がるを当てるだけなのに、毎回反対に行く。
それで、気が滅入っているんだ。
119億円なんて夢の話かもしれないけれど、いつか、そうなるといいなと思う。
今回のことはジョジョに全く関係ないね。
たまには、そういう風でもいいと思う。
なぜなら、このブログは、サムケンがいろんな苦悩を抱えて、それでも、乗り越えていって、いつか、同じように頑張っていく人の指針になるものだから。
去年の五月から何か月はジョジョの話を全く書いてなくてただのうっぷんはらしだったけど。
でも、そうやってかけるのがいいんだ。
まだ、誰も知らない、このブログがいつか、みんなの役に立つことと信じているから。
このコロナが明けたとき、新たな時代が始まる。
まだ、どんな世の中になるのかもわからないけれど、
ジョジョにおける新たな時代は間違いなく2部から3部にかけてだろう。
物語もそうだけど、荒木飛呂彦先生の技巧としてもそうだ。
波紋から幽波紋(スタンド)へ。
これは、苦しみから生まれた。
荒木飛呂彦先生はもしかしたら、このまま波紋の物語を続けていくつもりだったのかもしれない。
けれど、担当者からいずれ波紋は飽きられるだろうという厳しい意見をもらった。
そんな苦しみから生まれたのが、超能力を具現化したスタンドという能力という発想だった。
もともと、飛呂彦先生は超能力の物語をやってみたいという構想はあったようだけれど、1部と2部の成功があったからこそ、封印はしていたのかもしれない。
それが、3部で形になったわけだ。
確かに、今コロナで本当に世界中の人が疲弊して生きる力を失っているかもしれない。
それに、まして、日本では、SNSで誹謗中傷が具現化して、本当に体も頭のぐちゃぐちゃになってしまった。
でも、そんなときこそ、みんなで力を合わせて新しいもの作り出せる!!!
あの日から僕の人生は止まっていた。今から20年前、家族を巻き込んで破滅に導いてしまった。借金地獄の果てに、全てから逃げ出して自殺未遂の旅に出た。
そこから、両親に助けられて一命は取り留めたものの、そこから時は止まっていた。
僕の時計はその日から、ずっと止まったままだった。
生きていても脱け殻のようだった。
そんなある日、仕事で長期休暇をもらった。
家出の旅の出発地である、松山に20ねんごしにいってみようと思い立った。
僕は何を今まで怖がっていたのだ?何に?
僕は一家をダメにしてしまったダメ人間と自分で思うようになっていた。
少しでも動いたら、ナイフに刺さりそうで怖かった。
それは言葉のナイフかもしれない。
松山の人は優しかった。
僕にとって因縁の松山が因縁ではなくなった。
それから、止まっていた20年を取り戻そうと言う努力の日々が、始まって今に至る。
誰だって、怖さを持っている。
命を絶ちたいと思うこともあるかもしれない。
でも、生きてさえいれば必ずいいことがある。
このブログでも毎回いい続けていることだ。
だから、死なないで。
生きてさえいればいいんだ。
このコロナで、いや、このコロナの時期に有名人の方が亡くなりました。
人が亡くなったときの悲しみ。それは当事者にしかわからないもの。
今回は、ジョジョにおいて、亡くなったものの悲しみが分かるシーンを集めてみました。
亡くなるシーンではなく、悲しみや悲観が分かるシーンにしてみました。
第1部 ジョナサン死亡
第2部 シーザー死亡
第3部 花京院死亡
第4部 しげちー死亡
第5部 アバッキオ死亡
第6部 ウェザーリポート死亡
第7部 ジャイロ死亡
現在、続いている8部で、仲間の死亡シーンあったかなかー??
世間では、コロナがすこしやわらいだとか、なんとか、言っていますが、本体を倒さなきゃいつやられてもおかしくない!
このスタンドは呼吸に反応するんだ。
だから、息を止めるんだ!
自分の日記を書くために、必要なものは、鉛筆とノートさえありゃいい。
人に見せるもんじゃないから。
一年間に換算しても、500円もありゃ、続けることができる。
漫画家さんが漫画を描くということは、もちろん、僕は知らないけれど、ペンやらインクやらいろんな道具がいっぱいあるのでしょうね。
そして、一人で書くんじゃないと思うから、アシスタント?っていう人たちにも給料を払わないといけないから。経費は掛かる。
もちろん、漫画が売れれば、その分、返ってくるわけで、死ぬ気でやらなきゃいけない。
荒木飛呂彦先生は、天変地異が起らない限りかき続けられると発表された。
なにかを続けることに、お金がかかることを続けること、そして、お金がかからないことを続けること。
僕にとっても、とっても大切な問題。
今、このジョジョブログは、1年に一回1万円程度のサーバー維持費とドメインレンタル料がかかっている。
で、もちろん、広告はつけているけれど、1円も入ってきてはいない。
どんなことでも、続けるのには、モチベーションがいる。
じゃぁ、誰も見ていないかもしれないことに年間1万円払って、時間もかけて続けることに本当に意味があるのかという、自問自答がある。
おそらく、無料ブログなどで書いている人以外はそういう葛藤があるでしょうね。
もちろん、仕事がちゃんとあって、年間に一万程度なら、出せるという場合は、いいと思うけれど。
この時世にいつまでも仕事があるなんて誰にも分らないし。
でも、そんな時に続けることに意味がある。
なーんにも、意味がないことに、人生が終わった時に気が付くかもしれないけれど、ビッグにあった後にサムケンはこんなことを思っていたということが明らかになることが意味がある。
だから、負けるな。あきらめるな。
自分を信じたものがだけが、輝ける!
後悔、先に立たずという言葉がある。
あとから悔やんでも仕方がないという意味だ。
1日24時間あって、8時間寝たとして、それを2か月分。食事の時間や家事の時間を一日2時間とすると、自由に使える時間が840時間あった計算となる。
このコロナ禍で、その840時間を何に使った?
みんなは、その840時間を何に使った?
有意義に使えたとする割合を100%とすると、僕は、80%~90%は勉強やトレーニングに使えたと思う。
残りの20%は、ゲームをしたり、全然関係ないYOUTUBEを見てしまった時間だった。
ただ、100%、根を詰めると、あとで、何もやりたくなくなる性分なので、僕にとってもは、一番、良かったのかとも思う。
でも、20パーセントを時間にすると168時間もゲームやYOUTUBEをしてしまったという計算になる。
そこで、運命の奴隷だ。僕のこれからの人生はこの言葉に縛られると思う。
そうなることも、運命の奴隷だ。
もう全て決められているのだ。672時間勉強やトレーニングをしたことも168時間ゲームをしたり、YOUTUBEを見てしまったことも、決められた運命だったのだ。それが運命の奴隷。
その運命にあらがって、100%の力で常に勉強をすることもいいだろう。
だが、そのあらがいもすべて運命。
人間はなるようにしかならない。そんな、運命、運命と言われるなら、もっと勉強をしてやろうじゃないかというのも運命だ!最初から決まっている。
だが、運命の奴隷は、そこに向かっていくことに意味がある。
運命の奴隷は、それを見た他の人も巻き込んで、より強くなっていく。
日本のGDPが下がった?それも運命なのか。
じゃぁ、そのあらがいから日本が巻き返しをできるように日本国民全員が一丸となって勉強、努力して、再生できるなら、それも運命だ!
しかし、その運命を変えていけるかもしれないのも、みなさんでしかないのだ!!
いま、日本は豊かになって、むちゃくちゃ勉強しなくても、餓死することなんて絶対ない。
セーフティネットがあるから。でも、このまま、みんなが努力しなくなったら、そのセーフティネットもなくなるくらい貧乏になるよ。
そうならないうちに、未来の子孫(僕には彼女も奥さんももちろん子供もいません)に明るい未来を味わってもらうために、今頑張ろうじゃあないか!!
これほどまでに家族を思いやる物語が他にあるだろうか。
ジョジョのコンセプトである人間賛歌とは家族の物語。
皆さんは、この人生を通して何かやり通したいものがあるだろうか?
絶対に命を懸けてもやり通したいことがあるだろうか?
ジョジョの主人公たちの戦いのきっかけは、大半が家族を救うため。
また、信じた人を救うため。また、恩返しのため。
いずれにしても、誰かのためということが明確にされている。
じゃぁ、皆さんは、何のために戦うの?
自分の名誉のため?家族のため?
僕は、人のために戦うってことは素晴らしいと思う。
週刊少年ジャンプのキーワードだと思う。
愛と友情が、これからの世の中に大切だと思う。
頭がよくなくてもいい。家族や友人を大切に思うことに国境はない。