人生はその繰り返しである。
それにいちいち反応していたら悟りを開けない。
僕は怒りっぽい。
なぜなのかはわからないけれど、すぐ怒る。
そんなこと、スルーすれば傷つかなくても済むと思ってもいちいち反応する。
だけど、それも43年間生きてきて変わってきたようだ。
なぜだろう。それは悟りに近づいたからか。
悟りを開くには死を意識せねばならない。
いつ、死んでも後悔しなくなった時、いい意味でどうでもよくなった。悪い意味でどちらに転んでも僕は悪くないと思うようになった。
それには、自分が正しいことをしているという自負が必要だ。
実は今日、なぜか、自分の自転車のハンドルの右側部分のギアとブレーキを取り外されて盗まれていた。
今までなら、怒り狂っていただろう。
しかし、一瞬、怒ったものの、冷静さを取り戻せた。
前ブレーキはきかなくなった。ギアもかえられなくなった。
でも、走れた。
それだけで、よかったと思えた。不幸中の幸いだったと思えた。
自分は絶対的に世の中に対して正しいことをしている。
その自負が心に対して安らぎを与えた。
悪いこともいいことに思えるようになってきた。
今までつらいことばかりがあったから、そのうち、いいことが起こるよ。
僕も僕の家族も日本にも、そして世界にも。